ガストロノミーの光と影
「Noma」閉店から考える料理人のこれからの未来

世界のガストロノミーの歴史の中で、料理の価値観を大きく変えたレストランはそう多くありません。
その中でも特別な存在が、デンマーク・コペンハーゲンにある「Noma」です。
シェフのRené Redzepi氏が率いるこのレストランは、北欧の自然を料理の中心に据え、世界の料理人たちに大きな影響を与えてきました。
スカンジナビア料理=北欧料理という言葉やその考え方や技術の基盤を築いた、まさにレジェンドです。
しかし近年、Nomaは別の意味でも世界の注目を集めることになります。
それが、料理業界における労働環境やスタジエ制度(無給研修)の問題、そしてその議論の中で、Nomaは通常営業の終了を発表しました。
今回の記事は、ガストロミー業界の社会的目線、一人の料理人としての客観的意見を交えながら発信させて頂きます。
Nomaを巡る社会的議論
近年、多くの海外メディアがNomaの厨房文化について報じました。そこでは長時間労働や無給インターン制度など、ガストロノミー業界が長年抱えてきた構造的な問題が取り上げられています。
こうした報道は、料理業界の在り方そのものを問い直す大きなキッカケとなりました。
料理という文化を支える現場の労働は、果たして持続可能なのか。これはNomaだけの問題ではなく、世界中のレストランに共通するテーマでもあります。
Nomaを巡る海外メディアの報道
Nomaの閉店と労働環境を巡る議論は、世界中のメディアで大きく報じられました。
ここでは、その代表的な記事をいくつか紹介します。
- New York Times
- Noma closing: the future of fine dining
(Nomaが2024年に通常営業を終了すること、そして無給インターン制度やレストランモデルの限界が議論されました)
- Noma closing: the future of fine dining
- Financial Times
- Fine dining’s labour problem
(高級レストラン業界の労働問題についての報道。Nomaでは約30人の無給インターンが働き、週70時間近い労働があったと報じられました)
- Fine dining’s labour problem
- Bon Appétit
- Why Noma Is Closing
(インターン制度やレストラン運営コストの問題、そして研究型キッチンへの移行など、Nomaの新しい方向性について紹介されています)
- Why Noma Is Closing
- CN Traveller
- Why Noma is closing
(長時間労働や研修制度など、ガストロノミー業界の構造的な問題が取り上げられています)
- Why Noma is closing
Nomaレネシェフの発言
「現代のファインダイニングではこのレストランモデルは持続可能ではない」
René Redzepi / New York Times
デンマーク・コペンハーゲンのレストランNomaのシェフであるRené Redzepi氏は、ニューヨーク・タイムズの取材の中でと語りました。
その背景には、料理業界が長年抱えてきた構造的な問題があります。
理由はこちら↓
ファインダイニングが “持続可能ではない” と言われる理由
問題点がこちら↓
- 労働量と経済構造の不均衡
ファインダイニングでは、料理のクオリティを維持するために多くのスタッフが必要になります。
仕込みや盛り付け、研究開発など膨大な作業が発生しますが、レストランの収益は基本的に料理の価格のみです。
つまり、労働量に対して経済構造が追いつかないという問題が存在します。
(ここが現状これからの食の在り方に対し大きな分岐点の1つと感じます) - 研究型料理のコスト
Nomaの料理は単なるレストラン料理ではなく、発酵研究や野生食材の採集、新しい料理の開発など研究機関に近い活動を行っています。
しかし、その研究コストは通常のレストラン収益では支えきれない構造になっています。 - 人材確保の難しさ
料理業界は長時間労働や修行文化が強い業界として知られています。
しかし現代ではワークライフバランスや適正な労働環境が重視されるようになり、従来の厨房文化では人材を確保し続けることが難しくなってきています。 - 精神的負担の大きさ
ファインダイニングの厨房は常に高いクオリティが求められるため、強いプレッシャーの中で働く環境になります。
長時間労働や緊張感の高い職場環境は、料理人の精神的な負担にもつながります。
(ミスが許されないことや、責任の比重が星付きレストランは生まれてしまう)
こうした背景から、Redzepi氏は現在のファインダイニングのレストランモデルについて「持続可能ではない」と語りました。
これは単なる一つのレストランの問題ではなく、ガストロノミーという文化そのものの構造を問い直す議論でもあり間違いなく変革のキッカケです。
料理人や様々な「食」を愛する人たちのもう一つの声
上記の説明では、どこかメディアが正しく、NOMAが社会的に間違っている様な発信になってしまいます。
一方で、料理人や「食」のファン間では別の動きも起きています。
InstagramなどのSNSでは、Nomaへのリスペクトを表す投稿が多く見られるようになりました。
それは単なる擁護ではなく、「あの場所が自分の人生を変えた」という経験を共有する料理人たちの声であったり…
客観的に見て、システムに目を向け、業界が進化する必要であったり…
「食」を愛する関係者やお客さんの声、様々です
消費者意識も同時に変わらなければいけません。
Nomaは多くの料理人だけでなく、「食」というツールから文化や思想に触れる、価値観の変革やキッカケが生む特別な体験ができる場所と感じます。
SNSでの声
ここはではいくつかSNSからの実際の声を引用させて頂きました。

ついに去年、Nomaで食事をする機会を得ることができました。
しかも、彼らが新しいステージへ進む直前のタイミングで。
間違いなく、人生で最高の食体験のひとつでした。
ここは、僕のような多くの料理人に影響を与え、限界を押し広げ続けることを信じさせてくれる場所です。
旧店舗でスタージュ(研修)を経験し、その後、新しい店で働く機会まで得られたことを本当に嬉しく思っています。
ありがとうRené Redzepiそしてチームのみんなへ。
これから彼らがどんな未来を見せてくれるのか、とても楽しみにしています。

レストランの世界は、この地球上でも最も素晴らしい体験のいくつかを生み出しています。
しかしその裏側では、このシステムは非常に過酷なものでもあります。
こうした出来事は、ホスピタリティ業界が進化する必要があることを思い出させてくれます。
料理人が、ただ一つのアイデアを試すためだけに、すべてを危険にさらす必要はないはずです。
だからこそ私は、新しい仕組みを作ることを信じています。
それはアイデアとレストランをつなぐ「橋」になるものです。

「キッチンの悪魔、そして私たちが語らないもう一つの存在」
最近、私の知り合いのスイスのレストラン経営者から連絡があり、Noma とRené Redzepi
について私の意見を聞かれました。この話題は、ニュースが出て以来、
さまざまな形で何度も議論されてきたものです。そこで私は、彼女に長いメッセージを書いて送るよりも、みんなが読める形で文章にしてみようと思いました。
Nomaに関する報道が出たとき──
そこでは
- 不当な扱い
- 強いプレッシャー
- 無給のスタジエール(研修料理人)
- 常識を超えた労働
といった問題が取り上げられました。
そして多くの人が、すぐに
René Redzepi を“悪役”として描きました。……
HAUT DE GAMME(記事リンク先)
s1nya.22こちらの記事は僕自身もすごく興味がり、実際に記事を翻訳し拝見いたしました。
👈翻訳した記事の続きはクリック
キッチンの悪魔、そして私たちが語らないもう一つの存在
最近、私の知り合いのスイス人レストラン経営者から連絡があり、Noma と
René Redzepi
について私の意見を聞かれました。
この話題は、問題が報道されて以来、さまざまな形で何度も議論されてきました。
そこで私は彼女に長いメッセージを書く代わりに、誰でも読める形で文章にしてみようと思いました。
Nomaについての報道が出たとき、そこでは
- 不当な扱い
- 強いプレッシャー
- 無給のスタジエール(研修料理人)
- 常識を超える労働
などが問題として語られました。
そして多くの人が、すぐに
René Redzepi を“悪役”に仕立て上げました。
SNSは標的を見つけ、
判決はあまりにも早く下されました。
しかし私は、その流れに完全には同意できませんでした。
なぜなら私は、彼にインタビューをしていたからです。
2015年8月、コペンハーゲンのNomaで。
その日の午後に彼が語ったことのいくつかは、
今でも私の中に残っています。
その後も何度か彼に会い、
私は何度もNomaで食事をしました。
だからこそ、彼の名前が
**「料理業界の問題の象徴」**のように扱われ始めたとき、
私の中には単純な意見ではない、もっと複雑な感情がありました。
これはレネから始まった話ではない
レネの話をする前に、まずプロの厨房という世界について話さなければなりません。
プロの厨房は長い間、
軍隊のようなモデルで作られてきました。
- ブリガード制度
- 絶対的な上下関係
- 質問の余地はない
シェフに異議を唱えるのではなく、
耐え抜くことが求められました。
怒鳴ることは例外ではなく、
教育方法の一部でした。
人は一度壊され、
そして作り直されます。
それがプロセスだと言われてきました。
耐えられないなら、ここには向いていないと。
これは
Nomaだけの問題ではありません。
デンマークだけでもありません。
何十年にもわたり、
世界中の厨房で普通に存在していた文化でした。
その厳しさは文化から切り離されたものではなく、
それ自体が文化だったのです。
だから私たちが
一人の人物や一つのレストランにすべての責任を押し付けるとき、私たちは本当はこうしているのです。
顔のない問題に、顔を与えている。
長い間当たり前だった仕組みを、
突然「スキャンダル」と呼んでいるのです。
恐れは怒りを生む
2015年、私はレネにリーダーシップについて聞きました。
彼は迷わずこう言いました。
「正直に言うと、私は時に想像できる最悪の上司だった。
若くしてNomaを始め、自信とエネルギーに満ちていた。
でもすべての責任が自分にあると理解し始めたとき、怖くなった。
恐れは怒りを生む。」
彼は、自分が怒鳴っていたことも認めました。
それは彼が見てきたシェフたちと同じだったからです。
しかし父親になったことで、物事を違う視点で見るようになったとも話しました。
自分の内面の暗い部分と向き合い始めたこと。
そしてそれがどれほど難しく、時間のかかることか。
これは2015年の話です。
まだ世間の騒動が起きる前でした。
記者に追及されたわけでもなく、ただ夏の午後に会話していただけです。
そしてこの話題を出したのは、彼自身でした。
私は何度もこのことを思い出しました。
彼はすでに気づいていた。
すでに取り組み始めていた。
しかしそれでも、
Nomaで人々が経験したことは事実です。
問題を理解することと、実際に変えることは別です。
その間のギャップで、人は傷つきました。
その事実を、急いで通り過ぎるのではなく、正直に受け止めるべきだと思います。
受け継がれるもの
こうした環境でよく起きることがあります。
若い頃に厳しく扱われた人は、
後に同じことを再現してしまうことが多いのです。
それは悪意ではなく、
それが「優れた厨房」の姿だと学んだからです。
尊敬するシェフたちが恐怖で厨房を支配していたなら、恐怖こそが唯一の言語のように感じてしまいます。
レネも、それが普通だった厨房で育ちました。
彼の師匠たちは決して優しい人ではありませんでした。
それでも彼は後に
- スタッフ食堂
- 図書館
- オープンオフィス
などを作り、
Nomaをより人間的な場所にしようとしました。
彼はこれを意識的な試みだと言っていました。
しかし文化は簡単には変わりません。
古い習慣は深く根付いています。
より良い理想を信じていても、
強いプレッシャーの中では
昔の行動に戻ってしまうことがあります。
これは言い訳ではなく、ただ現実です。
そしてこの構造を理解しない限り、この循環は終わらないでしょう。
スタージュの問題
無給インターンについての議論には、
もう少しニュアンスが必要だと思います。
原則が間違っているのではなく、
実践の仕方に問題があることが多いのです。
大学の授業料を払って知識を得ることと、厨房で労働を提供して技術を学ぶことはある意味で似ています。
もしその交換が本物なら
- 本当の指導
- 技術の継承
- 人への配慮
それは搾取ではなく
徒弟制度です。
Nomaでは、正直に言えば
得られるものも大きかった。
スタジエールたちは
- 世界最高レベルの料理人と働き
- 技術を学び
- 履歴書にNomaという名前を残せた
これは料理界では大きな価値です。
問題は
その人的コストが適切だったのか
そして
彼らを守る仕組みがあったのか
です。
私が望むのはスタージュの廃止ではなく、きちんとした制度化です。
若い才能ある料理人には、それにふさわしい環境が必要です。
私が本当に思うこと
Nomaは一般営業を終えました。
記事も書かれ、議論も起きました。
しかしその騒音の中で、
あることが単純化されてしまいました。
レネは問題の象徴のように扱われました。
しかし彼はそれだけの人物ではありません。
彼は松ぼっくりを見て
料理として見る視点を世界に示した人です。
料理人を森や海岸へ送り、答えは自分たちの土地にあると教えました。
彼はファインダイニングの意味そのものを変えた人です。
そして料理。
料理は本当に素晴らしかった。
私がこれまで食べた中でも
最も刺激的で忘れられない食事の一つでした。
だから私は何度も通いました。
世界中の料理人がそこへ行きたがったのです。
普通の場所で人は無給で働きません。
世界で唯一の何かがある場所だからです。
しかし2015年に私が会った彼は、
すでに自分自身に厳しい問いを投げていました。
恐怖に突き動かされていたことを認め、
それを変えたいと言っていました。
これは問題が公になる何年も前の話です。
もちろん、それで人々が経験した苦しみが消えるわけではありません。
しかしそれもまた
一つの事実です。
そして今、Noma 03 が作られています。
新しいモデル。
新しい機会。
過去を消すためではなく、
ビジョンを保ちながら
ダメージを繰り返さないために。
彼は何が間違っていたかを理解しています。
それは重要なことです。
今問うべきなのは
許すか断罪するか
ではなく
より良いものを作れるかどうか
だと思います。
私は彼がそれを試みていると思います。
そしてそれは言う価値があることだと思います。
(筆者紹介)
アンドレヤ・ライ(Andreja Lajh)は
ロンドンのPR会社 Haut de Gamme の創設者。
2015年8月、NomaでRené Redzepiにインタビューを行った。
Nomaが料理界に与えた影響
テロワールの再定義
Nomaが広めた考え方の一つが土地の個性(テロワール)を料理で表現することです。
それまでもフランス料理にはテロワールの概念はありましたが、Nomaはそれをさらに極端な形で実践しました。
- 地元の野草
- 北欧の海藻
- 森のキノコ
- 季節ごとの食材
これらを採集(フォレージング)し、その土地ならではの味を料理として表現しました。
このアプローチは世界中のレストランに影響を与え、「地域の食文化を料理で表現する」という流れを生みました。



実際にピッキングし、その日のディナーや発酵、フレバーティを創りだす。
お客さんにはすぐそこで今朝採ったものだよ!なんてその日、その日のストーリーが生まれる。
そんな印象でした。
② 発酵文化の再評価
Nomaの研究チームが作った発酵ラボも料理界に大きな影響を与えました。
魚醤や味噌のような発酵調味料を北欧の食材で再構築する研究は、世界中のシェフたちに発酵の可能性を再認識させました。
後に出版された発酵の本
The Noma Guide to Fermentation
も多くの料理人に影響を与えています。



“松”や”花々”、”アリ”などを食に取り入れる文化は、当時は理解できないことも実際に身を置くことで理解が深まります。
寒い冬場は海も凍ってしまい、漁にも出れない世界、また長い冬場を越すために発酵という保存手段や栄養価の向上といった視点、スカンジナビア(北欧)の食文化や生き方の在り方がそのまま反映され、それらがガストロミーとして昇華し「食」を通して広まったと感じます。
自然の在り方や共存、循環的思考といったアプローチが唯一無二の価値を生み出したと感じます。
そこには、並大抵な覚悟と血の滲む様な直向きな努力の結晶だと思います。
③ レストランの研究機関化
Nomaが革新的だったもう一つの理由はレストランを研究機関のように運営したことです。
料理を提供するだけでなく
- 食材研究
- 発酵研究
- 季節メニューの開発
- 食文化の探求
こうした取り組みがレストランの新しい在り方を示しました。
今では多くのトップレストランがR&D(研究開発)チームを持つようになっています。
様に新しいスタイルの提示です。
④ 世界の料理人の価値観を変えた
Nomaが示したのは
「高級料理=フランス料理」
という価値観ではなく
「その土地の文化を料理で表現すること」
でした。
その影響で世界中のシェフたちが
- 自国の食材
- 地元の文化
- 自然環境
を料理の中心に据えるようになりました。



食文化としては世界的には浅い北欧ですが、僕はこの”自由な思考の在り方”や”生き方”にすごく憧れが生まれ、料理人の在り方やこの様に発信するキッカケはまさに北欧から影響を受けたと感じます。
それでも世界中の料理人はそこへ向う理由


料理の世界には、数字だけでは測れない価値があります。
技術、文化、空気感、思想。
そうしたものは、実際にその場所に立ち、見て、触れて、感じることでしか理解できないものです。
だからこそ多くの料理人は、世界中の厨房を旅し、実際に身を置き、それはキャリアのためだけではなく、自分の料理観を広げるためでもあります。
私自身の北欧での経験



僕自身も、北欧で料理を学んでいた経験があります。
当時、厨房には多くのスタジエ(研修料理人)もいました。その多くは給料をもらっていない、いわゆる無給の研修でした。
しかし、誰かに強制されていたわけではなく、自分自身の意思で皆そこに向かいます。
むしろ多くの料理人は、
「どうしてもその場所で学びたい」
「未知の技術や今後のキャリア」
を積みたいという強い思いを持ってそこに立っていました。
僕自身も様にその一人で、2018-2019年あたりでした。
ちょうど発酵文化が日本に入ってくる前で、僕は都内で雑誌を見ていた料理が北欧のAMASSの料理でした。
まさに衝撃的で、NOMAはじめ、北欧そのものに興味が生まれました!
その衝動から当時の上司に事情を説明し目標、半年後に行きます。
とビザとかの前に渡航チケットを先に取っていました。
もちろん、お金は大切です!
ですが…
それよりも右も左も分からなく”好奇心”の方が優っていたことが今でも鮮明に覚えています。
※下記の関連記事から様々なことを発信しています。
料理人の労働と時代の変化
しかし同時に、料理業界の労働環境はこれから大きく変わっていく必要があります。
長時間労働や低賃金の構造は、”持続可能”とは正直言えません。
かつての徒弟制度のような修行文化は、技術を継承する重要な役割を果たしてきました。
しかし現代社会では、働き方や価値観が大きく変わってることも事実です。
教え方、学び方、双方難しくなってきている現代社会、どの職種、環境でも当てはまる課題と感じます。
料理という文化を未来に残すためには、料理人自身の働き方も持続可能でなければならない
=
伝統や伝承の本質はここにあると感じます。
まとめ|日本の料理人としての在り方
この議論を見ながら、僕は料理人の在り方そのものを常に考えています。
- 料理人は、これから社会の中でどのような役割を持つべきなのだろうか?
- 持続可能の在り方とは?
日本には、豊かな自然と多様な食材、技術的であり、専門的な農家や漁師、地域文化
多彩な言葉のボキャブラリィによる日本らしさなど…
「食」で繋がることや違うジャンルから「食」と結ぶことで新しい価値を生み出すことができるのではないでしょうか。
料理は単なる料理ではありません。自然、文化、経済、人を繋ぐ存在であり、料理は表現の1つです。
Nomaが世界に問いかけたもの。それは料理の可能性と同時に、料理人の未来でもあったのかもしれませんし、可能性と感じます。
ガストロノミーの光と影。
その両方を見つめながら、これからの料理のあり方を考えていく必要があると感じています。
最後まで、ご閲覧 Merci ございました。
s1nya.22













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